AIT work abroad
#017 アメリカ・カリフォルニア
Ms.Chisako Yokoyama
ISMP
Executive Director 横山 智佐子さん

横山 智佐子さん

ISMP Executive Director
横山 智佐子さん

三重県出身。91年ユニバーシティー・オブ・カリフォルニア・サンタバーバラ校映画科卒業。 92年レオナルド・ベルトルッチ監督の「リトルブッダ」で編集室インターンとして、アカデミー賞受賞エディター、ピエトロ・スカリアと働き始める。その後 同エディターの下、ガス・バンサント監督の「グッドウィル・ハンティング」、リドリー・スコット監督の「グラディエーター」「ハンニバル」「ブラック・ ホーク・ダウン」でファースト・アシスタント・エディターを務める。04年には自らもチーフ・エディターとして独立。「アンティル・ザ・ナイト」「オン リー・ザ・ブレイブ」などのインディペンデント映画を編集。05年には紀里谷和明監督「キャシャーン」の、USA公開バージョンの編集にも携わっている。 現在は07年11月公開の「アメリカン・ギャングスター」(リドリー・スコット監督)に携わっている。

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「携わった映画に、沢山の人が入って、面白かったといわれた時がやはり一番嬉しいですね。
映画業界を目指す若者にハリウッドのやり方を教えたい。」
 
アメリカに来られたきっかけをお聞かせください。

日本の短大に通っていた時に、夏にカリフォルニアに短期留学をしたんですね。それまでは将来何をしたいのかわからなかったのですが、カリフォルニアには映画の学校が沢山ありまして、そこで映画に目覚めたんです。もっと詳しく勉強してみたい、と思うようになりました。 でもアメリカに行く為には、お金が必要ですから、短大卒業後はお金を貯めるために、ダイエーに就職して3年間勤務しました。 そして、1987年に渡米しました。日本の短大の単位をトランスファーしてアメリカの大学に進むということもできたのですが、英語力に自信がなかったので、まずはサンタモニカカレッジで2年間一般基礎学を勉強して、その後でUCサンタバーバラの映画化に編入して、91年に卒業しました。


渡米されてこちらの学校を卒業されてから現在に至るまでの過程をお聞かせください。
ロサンゼルスのサンタモニカカレッジにいたころに、土地柄もあって色々と映画関係の活動をしたんですね。もちろん学校の方は忙しかったですけれど、色々な学生フィルムに顔を出してネットワークを広げました。それが吉に出て、卒業後、英語と日本語ができるということで、ドキュメンタリーフィルムのビデオ編集アシスタントの仕事をもらいました。 そうこうするうちに、ある日、カレッジ時代の知人経由で、映画「リトルブッダ」の撮影がネパールで行われるという情報を得ました。「リトルブッダ」の監督はベルナルド・ベルトルッチという、映画「ラストエンペラー」を監督した方でした。そのリトルブッダの撮影は 当初編集者無しで行われていたのですが、急遽ピエトロ・スカリアさんという「JFK」で編集アカデミー賞を取った方が採用されたという情報を知りました。そこでなんとかその編集クルーに参加したいと思い、インターンをしたいとお願いしました。飛行機代も自分で負担して、もちろんお給料もいらないと言って。今思えば思い切った行動でしたが、この撮影がきっかけで、ピエトロ・スカリアと仕事をすることになりました。以来、彼と一緒に10年以上仕事していて、最近では「アメリカンギャングスター」で一緒にやりました。
横山 智佐子 ISMP
映画学校「ISMP」を設立したきっかけをお聞かせください。
この業界に入って14年くらい経ちますが、最初は自分がたいした仕事をやっているという自覚がなかったんですね。アシスタントエディターだったわけですし。ただ、「ハンニバル」をやっていた時代から日本の雑誌社から取材を受けるようになりました。映画の最後のエンドロールのクレジットで、日本人の名前があったので珍しくて声をかけてきてくれたのです。確かに、日本人でアシスタントエディターというポジションで活躍している人は少ないな、と思い、自分の位置がだんだんと見えてくるようになりました。 日本とハリウッドでは映画の作り方が違います。日本で映画に携わっている方で、ハリウッドのやり方を知っている方はほとんどいないという状況ですので、それならば私が自分のユニークなポジションを生かして、日本の映画業界を目指す若者にハリウッドのやり方を教えたいと思い、学校を設立しました。 本校は、6ヶ月間のプログラムなのですが、ハリウッドの映画の製作方法を教えています。6ヶ月の間に、3本くらい映画を作ります。プリプロダクションから撮影に入り、編集に入るということを3回くらいやって、ハリウッドではこういう風に作るということを実体験で学んでもらいます。また、学校でのアクティビティだけでなく、在学中に実際にどこかで映画の撮影があったりすると、生徒たちをインターンとして送って、実際の現場での経験を積ませています。本校の売りは、日本語で学べるところですので、英語が不安な方でも入りやすいと思います。
ISMP 授業
編集のお仕事とは実際にはどんなことをするのでしょうか?
ハリウッドでは編集の仕事は非常に重要なポジションだと考えられています。一般的には、既に定義されているスクリプトに基づいてそのとおりに編集していく、と考えられがちですが、実際にはもっと深いんです。編集室は撮影と同時にスタートします。撮影であがってきたものをすぐにチェックし、編集も撮影から1〜2日遅れで進めて行きます。撮影が終わると監督さんが毎日編集室に通い、10週間くらいでディレクターズカットというのができるんですね。 それからプロデューサーさんが入ってきて、といった具体に進みます。ハリウッドでは、編集者の役目は非常に重く考えられています。編集の段階でリライト、リディレクティングして、もう一度ストーリーを構成したり、アクターさんの演技を編集によって再度演出できるといってもいいくらい非常に大事な仕事なのです。日本とハリウッドで映画作りの方法が違うということの一つに、ハリウッドには明確な制作期限がない、というのがあります。日本では完成期限が決まっているので、それまでになんとか詰めて終わらせるそうなのですが、こちらでは、スタジオやプロデューサー全てのオーケーが下りるまで出来上がりになりません。通常は12〜13ヶ月で終わりますが、長いものだと3年くらいかかったりします。これも予算が潤沢にあるハリウッドならではだと思いますし、だからこそまたいい作品ができるのだとも思います。
ISMP
これまで一番苦労されたことは何でしょうか?

業界に入ってから10年間は本当にラッキーでしたね。ピエトロ・スカリアさんの見習いから、セカンドアシスタントエディター、ファーストアシスタントエディターと、とんとん拍子に階段を登って行きましたので。苦労といえば、ものすごく忙しかったということですかね。それ以外はありません。 今は、アシスタント業でなく、エディターになりたいと思っています。こちらでは年功序列ではありませんので、長年やっていれば上に上がれるということはありません。私も10年以上ピエトロ・スカリアのアシスタントをしてきましたが、だからといってピエトロが私をエディターにしてくれるわけではありません。彼も現役のエディターですから、私がエディターになるということは彼と競合するわけですから。そういう意味では、ハリウッドではベテランになっても常に不安がありますし、一つ仕事(映画)を終えると、次の仕事を自分で取りに行かないといけないので、そういう意味でいつも緊張しています。現在は、自分自身でエディターになる道を探している状態です。苦労といえばそういう点なのでしょうかね。

横山さんにとってこの仕事のやりがいとは何でしょうか?

携わった映画に、沢山の人が入って、面白かったといわれた時がやはり一番嬉しいですね。我々は、制作段階で100回も200回も見ていきますので、麻痺してくるので、映画の面白さがわからなくなっていくのですよ。ハリウッドでは、必ず映画完成前にオーディエンスプレビューというのがあります。一般の方に完成前の映画を観ていただいて、評価を得るのです。その評価が悪ければ、映画は作り直しになるのです。以前「グッドウィルハンティング」という映画をやった時に、オーディエンスプレビューで前代未聞の高得点を記録して、98%の人が非常によかったといってくれたんです。そのプレビューの時に私の隣に座っていた男性が泣いていたんですね、それを見た時に、「あ、この映画はよかったんだな」て初めて気づきました。

ハリウッドで働く人材として求められている資質は何でしょうか?
引っ込み思案では駄目ですね。思っていることははっきり言わないと駄目です。アメリカでは主張をしないと駄目なんです。やりたいことはやりたい、やれることはやれます、と。英語力ももちろんそうですね。それからこの業界は基本的にフリーランスになるので、仕事は自分で取りに行きます。一番大事なのはネットワークです。履歴書と学歴は関係ないんですね。履歴書を配って仕事もらうことはあんまりなくて、やはり口コミや情報ですね。一緒に仕事してみて、この人と仕事をしてみてよかったら、また仕事をくれる、というようなことが非常に多いんです。ですから、自力でどんどんネットワークを広げていくことがとても大事です。本校では、先ほども言いましたが、在学中にできる限り外の現場の経験を積んでもらいたいと思っていますので、私のネットワークを使って、生徒さんたちを現場に送っています。そこで生徒さんたちが自分から、誰かと話し、覚えてもらう努力をしないと次へはつながりませんので、やはり積極性が求められると思います。
お仕事以外のプライベートはどのように過ごしていますか?

子供がいるのですね、私一応母親なんです(笑)。いつも忙しく仕事をしているんですが、いつも忘れないようにしているのは、私は子供と楽しい時間を過ごしたいから仕事をしているのだということなんです。ですから子供と一緒に過ごす時間を大切にしています。 今はだいぶ時間に余裕ができましたが、忙しかった時期には、撮影で海外へ行くときには小さな子供と、その子守りに母を連れていったりしてました。覚えているかどうかわかりませんが、イギリスやイタリアなどに一緒に行ったのですよ。


リポーターコメント
横山さんは、とても穏やかで冷静な方なのですが、その奥に持っている映画への情熱がとっても伝わってきました。大きな映画に携わってこられて、大変なキャリアをお持ちなのにもかかわらず、本当に気さくにお話していただきました。日本人としてハリウッドで活躍されている、ということに私たちも大きな誇りを感じました。貴重なお話をお聞かせいただき、本当にありがとうございました。
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